当世サラリーマン事情

中小企業に勤務していると馬鹿になる(2)

 「中小企業に勤務していると馬鹿になる(http://blog.livedoor.jp/patriotism_nippon/archives/4486324.html)」で、大企業の方が中小企業よりも良い最大の理由として人の問題を挙げました。曰く「最も顕著な違いはと言えば、それは人の問題です。言っては何ですが、中小企業には、無学で、無知で、無教養で、話をするのが苦痛になる馬鹿が多いのです」と書き、また「パソコンにパスワードを書いた紙片を貼っている人も珍しくありません」と書きました。いささか辛辣ではありますが、パソコンにパスワードが設定されている理由を考えようともしない人間がゴロゴロしている会社では、およそ話にも何もなりません。

 

 そもそも「考える」という習慣が全くないのであり、その結果、あらゆる場面で弊害が頭を擡げてきます。パソコンのパスワードの例はその好例で、言うまでもなくこれは、家の玄関に施錠しながら、その鍵を玄関のドアに貼り付けているようなものです。それが誤った行為であることに全く考えが至らない。それが中小企業のお馬鹿というものです。そんな会社に入社し、お馬鹿な先輩・上司を見習うことになる若い社員は気の毒なことです。事実、私が現在勤務している会社では、ゴミの分別ができない従業員がゴロゴロしていますし、ゴミは屑カゴの周辺に捨てておけばよいと考えている従業員が少なくありません。そうしておけば誰かが屑カゴに入れると考えているのでしょうし、事実、私が拾って屑カゴに入れていますが、そういう自分の行為の是非を考えることは全くしない(できない?)のであり、いくら注意しても改まりません。それが中小企業のお馬鹿従業員の生態です。

 

 で、先日もまたお粗末な出来事がありました。その日の19時30分から翌日の2時頃まで、事業所にエアコンの清掃業者が入ることになっていました。課長の一人から要望があり、清掃業者を入れることになったのですが、業務中では差し支えるということで夜間作業になったのです。そこで、19時30分に来社する清掃業者に応対し、事業所の施錠の仕方を教えた上で鍵を預け、それから帰宅する係が必要になりました。とは言っても、営業スタッフは19時30分頃までは普通に業務を行っており、施錠の仕方を知っているスタッフが必ずいるはずですから、特に問題はなかったはずなのです。

 

 ところで、私は営業には携わっておらず、障碍者の指導・教育が主業務なので18時には退社してしまいます。そのため、事業所の施錠をしたことはなく、施錠の仕方も知らないので、清掃業者に教えることもできません。1時間30分残業しても無用の長物になるだけですから、残業するスタッフに対応を頼んで、私は警備保障会社に深夜作業等について連絡するだけにしました。この警備保障会社への連絡については誰も気付いていなかったので、施錠に関しては無用の長物の私も、その点では必要な存在だったことになります(笑)。

 

 ところがと言うべきか、やはりと言うべきか、予想していたとおりなのですが、「人に頼まないで自分が19時30分まで残れよ」と批判する部下(課長)が現れました。もちろん、面と向かって言ったわけではなく、自分の部下たちに対してこっそりと言っだけですが、こういう話はすぐに伝わって来ます。普通に考えれば、施錠の経験がない私が残る必然性はありませんし、無要な残業が発生してしまいますから二重の無駄になります。普段どおり残業し、普段どおり施錠して退社するスタッフが清掃業者に対応した方が、理にかなっていることは論を俟ちません。要するに感情論だけで批判しているのであり、批判のための批判をしているだけと言ってよいでしょう。それで部下に対していい恰好をしたつもりなのかもしれません。本人は、課長らしい鋭い批判をしたとでも思っているのでしょう。セクハラ・パワハラが企業文化のような会社であり、誹謗中傷・流言飛語が日常業務のようになっている会社なので、当然予想できたことですが、こういう上司の下にいる若いスタッフは気の毒です。物事を論理的・合理的に考えるということを教わることは決してないでしょうし、感情論だけで物事を判断し、得意げに批判するお馬鹿になるのは明らかです。 

 

その日の出来事は一つの事例にすぎませんが、若い部下に「所長は残らないのですか?」と訊かれたときに、部下が納得するような合理的な説明ができないどころか、自ら率先して「人に頼まないで自分が残れよ」などと陰で言っているような上司の下にいては、その部下の将来も推して知るべしでしょう。いずれは、その上司も部下に同様の批判をされることになるに違いありません。こういう事例は中小企業では枚挙に暇がないでしょうが、中小企業に勤務しているとお馬鹿になる典型的な事例であると感じたので、参考までに書き記しておくことにしました。やはり、中小企業の最大の問題はお馬鹿が多いということなのです。


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パワハラ・虐待と同僚の転職

 同僚の情報システム課長(以下「情シス課長」という)が転職した。私が今の会社に転職したとき以来、かれこれ7年ほどの付き合いだった。私は法務課長で、彼は情シス課長だったから、特別に親しかったわけではないが、それなりにウマが合ってはいた。なにしろ3年以上勤続する従業員は稀なブラック企業である。7年勤続した私は前世紀の遺物のようなものだが、彼は20年も勤続した稀有な人物で、もはやジュラ紀の恐竜のような存在だったと言えそうだが、兎にも角にも7年間の付き合いがあったわけである。

 

 で、20年も勤続すれば、それなりに優遇されても不思議ではないのだが、そういう会社ではない。というより、そういう社長ではない。彼は社長に嫌われていたから、20年勤続しても課長のままだった。もっとも、部長はいなかったから、情報システム課のトップではあったのだが、昇格もなければ昇進もない。したがって、昇給もほとんどないに等しかったに違いない。実際、正社員として現場で10年働いても昇給がなく、事実上、非正規社員と変わらないというスタッフもいるのである。よくもまあ10年も勤続したものだと、感心するより呆れてしまうが、そういう私も7年も勤続してしまった。そして、ご多分に漏れず、社長から目の敵にされて不遇をかこつ身なのである。同様に、多くの部課長クラスが短期間で退職していったが、鬱病になって出勤できなくなった同僚も一人や二人ではない。すべて社長の執拗なパワハラ・虐待の犠牲者だったのである。

 

 さて、件の情シス課長がなぜ嫌われていたのかは定かでないが、一度、社長とぶつかったことがあったとは聴いていた。それは挨拶に関してなのだが、社長は従業員に対して、身体が90度になるまで頭を下げて挨拶しろと強要する。通常、最敬礼と言えば45度だから、それは傍目にも異様なのだが、社長はそれが礼儀正しいと信じて疑わない。天皇陛下に対する挨拶なら分かるが、一般顧客・利用者に対しても90度の挨拶を強要するのである。私が客だったら、「何て慇懃無礼な奴だ」と不快になるところである。また、女性スタッフに対しては、90度のコンスを強要するのだから最悪である。コンスとは朝鮮式の挨拶で、最近はこれを従業員に強要する会社が増えているらしい。マクドナルドがテレビCMで女性にコンスをさせ、顧客からクレームをつけられたという出来事があったそうだが、朝鮮かぶれには実に困ったものである。だから、私は自分が勤務する会社のサービスを絶対に利用しないことにしている。日本で礼法と言えば小笠原流に決まっているだろう。

 

 いささか話が横に逸れたが、件の情シス課長は椎間板ヘルニアの持病があったらしい。私も数年前に椎間板ヘルニアで入院したことがあるので、その苦痛はよく知っている。当然、90度の挨拶などご免だというわけで、社長に事情を説明したそうである。ところが、悪魔の化身のような社長は、従業員の健康や苦痛には全く関心がない。虐待で部下を鬱病にして退職させることが生き甲斐らしく、部下の苦痛に酔いしれるようなところがあるのである。情シス課長もさんざん怒鳴り散らされた挙句、例によって会議の席でも大勢の前で罵倒された。私以外にも、多くの従業員が反感を持ったと思うが、社長は自分の愚行・蛮行に気付かず得意満面だった。情シス課長は元々社長を嫌っていたらしいが、このときからいよいよ恨みが募るようになり、転職を決心していたそうである。

 

 もっとも、その後も何とか勤務してはいたのだが、冷遇されていたことは間違いない。本来なら、情報システム課の次長なり部長なりに昇進してもおかしくはないと思うのだが、たとえ定年まで勤続しても昇進はなかったことだろう。案の定、中途採用で部長が入社し、続いて次長が入社した。その次長というのは頗るアホで、私が見るに見かねて女性用更衣室を清掃したときに、「セクハラ事件が起こっている」と騒いだ御仁だったのだから、愚かしいにも程があるというものである(「痴漢冤罪とセクハラ冤罪は日本の文化?」http://blog.livedoor.jp/patriotism_nippon/archives/4819581.html)。また、部長というのも相当に評判が悪く、件の次長はセクハラ騒動で人事課から門前払いを喰らって間もなく退職したのだが、仄聞するところでは部長のパワハラに相当閉口していたらしい。別の腕利きのスタッフも、その部長を嫌って、担当の仕事を抱えたまま他部署に異動するという異常事態になった。情報システム課は崩壊寸前だが、その部長も近いうちに退職することだろう。同僚の情シス課長を追い出した挙句がその体たらくなのである。

 

 そういうわけだから、情シス課長が転職したのは正解だったに違いない。無論、転職先の会社が真っ当な会社だとは限らないが、私は、今の会社は日本のワースト・ブラック企業だと思っているので、20年も勤続しながら敢えて転職した情シス課長にエールを送りたい。サラリーマンが気楽な稼業だったのは植木等さんの時代の話で、平成の御世においては、サラリーマンは限りなく悲しい稼業のようである。


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痴漢冤罪とセクハラ冤罪は日本の文化?

 「痴漢冤罪大国・日本」で述べたとおり、最近の日本では、女性たちは気に入らないことがあると、「この人痴漢です」と叫んで他人を陥れることが流行のようである。中には、恐喝目的で意図的に冤罪事件を仕立てるグループもいるそうだから、呆れてモノが言えないとはこのことである。他人を陥れるどころか、破滅させても良心の呵責を感じることなどない輩が跳梁跋扈しているのである。しかも、こういう風潮はオフィスの中にも浸透してきているようで、セクハラ騒ぎを起こして、気に入らない同僚や上司を陥れようとする輩が出て来ている。

 
 で、実は今般、私自身がそのセクハラ冤罪事件の当事者になりかかった。なりかかっただけで、公式にはなっていない。人事部長が、事実無根として即座に訴えを却下したからだが、その経緯は次のようなものである。

 

 ある日、私が所長を務める営業所で、女性従業員の一人から、「女性用更衣室の蛍光灯が切れたので交換してください」との依頼があった。言われるままに女性用更衣室に入ってみると3カ所も切れていて、部屋の中はかなり暗くなっていた。予備のランプは用意してあったからすぐに交換したが、この時、更衣室の中を見て驚いた。床の汚さが尋常ではなかったのである。本来は黄色い床で、表面に無数の細かい溝のある塩ビの床である。その黄色い床が、黒いカーペットを敷き詰めたようになっていた。営業所の2階はどこも同じ床材だが、女性用更衣室の床は、「どうしたらここまで汚くなるのだ?」と疑問に思うほどの汚れようだった。営業所内は土足禁止なので、普通ならそこまで汚れるはずはないのだが、結論から言えば、女性従業員は誰も清掃をしない上、私も女性用更衣室には入らなかったから、当然の結果としてそうなったということなのだろう。

 

 そこで、今から2週間ほど前に意を決し、異常に汚れた女性用更衣室の床清掃に取り組むことにした。私自身が満足できるレベルにするには、3週間から1カ月はかかると思われたが、ほかには誰もやらないのだから、私がやるしかないと覚悟を決めて開始したのである。清掃道具は、柄のないデッキブラシ・歯ブラシ・雑巾・マイペットの4点セットだけである。初日に比較的汚れの少ない部屋の奥の部分を磨いたが、それでも数時間で50cm(幅は3mほどある)ほどしか進まなかった。入り口に近い部分は黒いカーペットのように見えるほど汚れているから、初日から絶望的になったが、とにかく始めてしまった以上は続けるしかない。こうして床と悪戦苦闘を続ける毎日が始まったのである。

 

 なお、午前9時前と午後5時以降は女性たちが着替えをするので、清掃時間は午前10時以降に始めて、午後4時には切り上げることにしていた。そして、念のために更衣室の入り口を隠しているパーティションの端に、「女性用更衣室は清掃中です。着替えをする方は声を掛けてください」という貼り紙をしておいた。昼の1時間は休憩時間で清掃はしなかったから、女性たちが更衣室にやって来ても、鉢合わせする可能性は少なかったのだが、それでも2週間の間に4人がやって来た。1人目は着替えに来たのだが、私が清掃している姿を見て、「私もやろうと思っていたのですが、なかなかできなくて・・・・・。こんなに綺麗にしてもらってありがとうございます」と言うと、「別の部屋で着替えますから続けてください」と言って出て行った。2人目は、クリーニングした制服を運んできた従業員で、清掃済みの部分と汚れた部分を比べて、「こんなに汚かったんですね」と驚いて出て行った。3人目は着替えをする従業員だったので(午後出勤だった?)、着替えが終わるまで私が部屋を出ていた。4人目は「バッグを取りに来ただけですから、出て行かなくていいです」と言って、ロッカーからバッグを出すとすぐに部屋を出て行った。ほかに入室希望者はなく、そうしているうちに2週間が過ぎ、床の7割近くが綺麗になったのである。

 

 ところが、やがて異変(?)が起こった。2週間が過ぎた頃、私の営業所と本社で、私がセクハラをしていると騒いでいる人間がいるという噂が聞こえてきた。そういう噂はすぐに伝わって来るものである。詳細を聴いてみると、私がやっている女性用更衣室の清掃がセクハラで、女性たちは着替えができなくて非常に迷惑しているというのである。そして、本社の情報システム課の新任次長とやらが、人事部長に対して「大変なことが起こっている」と直訴したらしいのである。しかし、私はその新任次長に会ったこともなく、氏名も顔も知らない御仁だったので大層驚いた。どこの世界にも他人を陥れることが好きな人間はいるものだが、会ったこともない人間に汚名を着せられるとは思っていなかった。つくづく住みにくい国になったものである。

 もっとも、当然と言えば当然だが、この騒ぎの裏には、件の次長を焚き付けた張本人がいた。私の営業所の女性従業員だが、本社の従業員が来所するたびに、私がセクハラをしていると騒いだそうだ。しかし、私を知っている人たちからは、全く相手にされなかったらしい。時には「女性用更衣室を清掃してもらっているのだから、お礼を言わなければ駄目でしょう」と窘められたこともあったそうだ。そこで、私と面識のない新任次長を焚き付けて、「大変なことが起こっている」と言わせたらしい。しかし、結局は二人とも自爆することになったわけである。

 

 なにしろ、すでに述べたように、私が清掃していたのは、ほとんどの女性従業員が外出している時間帯であり、「女性用更衣室は清掃中です。着替えをする方は声を掛けてください」という貼り紙もしていた。2週間の間にやって来たのは4人だけであり、彼女たちは、開けたままのドアをノックして入ってきて、何の支障もなく用を済ませていた。にもかかわらず、私の営業所で「大変なことが起こっている」と騒ぎ立てた人間がいるというのだから、明らかに悪意に満ちた行為である。こういう輩を次長として採用してしまう人事課にも問題があるが、現代日本人の民度の低下を如実に現わす一例ではないだろうか。

 

 さて、ここで述べたセクハラ冤罪事件だが、初めに述べたように、人事部長が訴えを却下したため、セクハラ事件は成立していない。もし、世間で発生している痴漢冤罪事件のように、指差し裁判のようなリンチが罷り通っていれば、私も懲戒解雇になっていたかもしれない(もっとも、私は泣き寝入りはしないが)。騒ぎを起こした連中の狙いは、まさにそこにあったはずである。そして、その連中は、何の咎めを受けることもなく、虎視眈々と次の手を考えていることだろう。今までにも似たような事件があり、解雇になった同僚もいた。この手の輩を会社が放置する以上、こちらがしかるべき対抗策を講じなければならないだろう。詐欺師や恐喝屋がそうであるように、この手の輩は、処罰されるまで何度でも繰り返し悪事を働くものである。世の男性諸氏にはくれぐれも注意を促したい。なお、逆に、7人の女性従業員にセクハラを行い、そのうちの2人(1人は、当社の従業員だったご主人も)が人事課に直訴したにもかかわらず、不問に付された悪質な例もある。不問に付された理由は容易に想像がつくだろう。

 

女性用更衣室01最後になったが、さんざん苦労して清掃した挙句、セクハラ事件をでっち上げられたのは業腹だから、女性用更衣室の清掃は途中で放棄した。その結果どうなったかという画像を左に添付する。黒い部分は元の汚れた状態の床であり、手前の黄色い部分は私が清掃した床である。女性は汚い床がお好みらしい。何とも奇怪なことである。















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ゴミの分別は困難な作業か?

 日本では、ゴミを捨てる時には、その種類によって分別して捨てなければならないことは誰でも知っている。おそらく小学校でも幼稚園でも励行されていることだろう。中学校や高校ならばなおのことである。家庭では当然のことだろうし、企業においてはさらに徹底されていることだろう。しかし、従業員の民度が低い企業となると、話はそう簡単ではない。

 

 私は、かれこれ6年半も前から、とある介護サービス会社に勤務しているのだが、介護サービス会社というのは、いわば企業社会の最底辺に位置する会社であり、いわゆる3Kの仕事になると言ってよいだろう。民主党政権時代に、イラ菅首相が、「日本は就職難ではない。介護サービス会社はいくらでも人を募集している」といった類の発言を繰り返していたが、誰もが嫌う3K業界だから、常に従業員を募集しているのは当然であり、イラ菅の発言は余りにも姑息で稚拙だったと言わざるを得ない。私は「6年半も前から」と書いたが、私と同時期に入社した部課長クラスは、ほぼ全員が半年から3年の間に退職してしまい、私のように6年半も勤務していると、まるで前世紀の遺物のようになってしまう。なにしろ、毎年従業員の3分の1近くが入れ替わる超ブラック企業である。入社してくる人間のレベルも、推して知るべしということになるのはやむを得ないだろう。それが介護サービス業界である。

 

 で、前世紀の遺物と化している私は、本社で4年3カ月の間、初代の法務課長として勤務したが、法律の法の字も知らないような無学な役員が入ってきて、さんざん馬鹿なことを言ったものだから、「法務のことに口を出したかったら、少しは法律を勉強しなさい」と言ってやった。すると途端に意趣返しが始まり、法務課そのものが廃止になり(よくやるよ!)、私は事業所に異動することになった。私は法務以外の職務経験はないに等しい専門馬鹿だから、当然退職するものと見込まれていたそうだが、このようなやり口に泣き寝入りするのは業腹である。過去にも経理部員をそっくり入れ替えるということをやっていたが、全員が泣き寝入りすると見込んだ汚いやり口だった。

 

そこで、事業所の所長に転出しろという人事命令に従って、スタッフ80人近くを要する事業所の所長になった。しかし、なにしろ営業経験や介護経験は皆無に等しかった上、私は不潔恐怖症だから、介護サービスなどできるはずがない。もちろん事業所長が務まるはずもないし、そもそも、そんなことは期待されていなかった。期待されていたのは、多くの同僚たちがそうだったように、鬱病になって退職することである。要するに、解雇したくても解雇するだけの理由がないから、自ら退職するにように嫌がらせをしただけなのである。そして、4つの事業部にそれぞれ課長がいるから、営業に関することは私の担当外になり、私は施設の管理が主要業務になったのである。

 

 結果、主要な業務は事業所の清掃や草刈りになり、1日に5時間も6時間も床や駐車場を這いずり回るようになった。まるでタコ人夫のような毎日が続くようになり、いにしえの網走刑務所でもここまで酷くはなかったろうと思われた。おまけに、業務の内容を10分刻みで日報に書いて提出するという有様になったのである。ちなみに、私は本社総務部の課長扱いだったが、本社ではそんな馬鹿げた日報は書かせていなかった。要するに、これも明らかな嫌がらせだったのである。

 

 そんな毎日が1年も続き、いよいよ馬鹿らしくなったから、あらゆる法的手段を駆使するとともに、内部告発ブログを50本ほど投稿して糾弾しようかと思うようになった。試みに労働基準監督署に相談に行くと、対応してくれた相談員が「貴方の会社の社長や専務は人間ではない。それはパワハラではなく虐待だ!」と激高し、労働局にあっせんの申し立てをするように勧められた。私は労働委員会か裁判所を考えていたのだが、その前に労働局にも駆け込んでみるかと考えるようになったのである。

 

 ところが、いろいろと準備をしているうちに、障碍者が私の事業所に配属されることになり、私がその面倒を見ることになった。私にとっては専門外であり迷惑な話だが、何の因果か、障碍者と二人きりの個室を与えられることになったのである。それはそれで何かと厄介なのだが、それでも大部屋で村八分になっているよりは数段マシだった。日報も労基署の相談員から「書く必要はない。虐待の証拠は過去1年分の日報で十分だ」と言われていたので、私も開き直って書くのを止めたが、その後も何も言われることはなかった。そして、障碍者の指導・教育(お守り?)を主業務とするようになり、今日に至っているのである。

 

 さて、長々と枕を振ったが、そうやって事業所の所長になって一番困ったことは、スタッフがルールやマナーを守らないことである。たとえば挨拶である。同じ所内であっても、部署が異なると挨拶をしない人が多い。まるで「部署が別なら見知らぬ他人と同じ」という態度である。また、旧態依然とした朝礼を毎朝実施しているのだが、その進行係は全員が1日交代で務めることになっている。しかし、現実には絶対に進行係はやらないというスタッフも少なくない。中には、「そんなことを強制するなら退職します」と言い出すスタッフもいるのである。そのほか、屑カゴがいっぱいになって、投げ入れたゴミが外へ落ちても知らぬ顔の半兵衛を決め込み、廊下にゴミが落ちていても見向きもしないのは当然で、開けたドアを閉めることもできないスタッフが多い。冬場になるとドア近くの席のスタッフから苦情が殺到するが、いくら注意しても閉めることができない。まるで犬か猫のようなレベルなのである。

 

 そして、特に腹立たしいのが冒頭に書いたゴミの分別である。給湯室に大きなポリバケツが2つ並び、「燃えるゴミ」「燃えないゴミ」と書いてある。壁には分別の仕方も分かり易く書いてあるのだが、何度注意してもゴミを分別することができないのである。紙とビニール・プラスチックの区別ができない社会人がいるとは思えないが(介護サービス業界なら、いてもおかしくない?)、区別して捨てることはできないという人間は少なくないらしいのである(実際は80人のうち数人かもしれないが)。紙屑だろうがプラスチックだろうがペットボトルだろうが、すべて「燃えるゴミ」のポリバケツに捨ててしまうのである。よほどの馬鹿か、病気か、私に対する嫌がらせか、いずれにせよ尋常ではないのである。結果、私は毎日ポリバケツの中身を漁り、燃えないゴミを「燃えないゴミ」のポリバケツに移す作業を強いられることになっているのである。

 

 こんなことを書くと、「従業員に支那人がいるのだろう」「韓国人がいるのだろう」と考える人が少なくないかもしれないが、一応全員が日本人のはずなのである。YouTubeの動画には、日本人のゴミの分別や持ち帰りを外国人が称賛する動画が多く見られるが、少なくとも私が勤務する会社の従業員の実態はそんなものである。「よくこんな連中に介護サービスが務まるものだ」と思うが、果たして本当に務まっているのかどうかは頗る疑わしい。サービス事故は多いし、苦情も少なくはないようだが、「さもありなん」という印象は拭えないのである。

 

 それにしても不思議なのは、職場においてゴミの分別ができない従業員がいるという事実である(そういう手合いを採用する人事課も悪いが)。今の若い人たちなら、子供の頃からゴミの分別は教え込まれているはずであり、家庭でも実践しているはずである(していないのかもしれない)。まして職場なのだから、自宅ではできていなくても、上司・同僚の目があれば少しは実践できそうなものだが、それができないのだからやはり尋常ではない。出自の問題なのか、育ちが卑しいのか、はたまた病気なのかは不明だが、戦後の徹底した利己主義教育のなれの果てなのかもしれない。「一人くらい分別しなくても問題ない」という利己的な思い込みである。あるいは、あたり構わずゴミを捨てるという支那あたりの文化に憧れているのだろうか。いずれにせよ、日本文化の破壊と異文化の取り込みに熱心な日本という国の未来が、相当に暗澹たるものであることは間違いなさそうである。


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ブラック企業(中小企業)は人間性を失わせる

 私は、平成27年9月17日に、「中小企業に勤務していると馬鹿になる(http://blog.livedoor.jp/patriotism_nippon/archives/4486324.html)」というブログを書きました。有り体に言えば、鬱憤晴らしのために書いたようなもので、ブラックユーモアの連続です。もっとも、虚偽も誇張もなく、事実なので仕方がありません。


 しかし、最近、単に馬鹿が多いこと以上の問題点があることに気付きました。もっとも、とどのつまりは馬鹿が多いことに起因する問題ですが、そういう馬鹿に限って、他人を見下す傾向が強いことが分かったのです。社内で、他人を誹謗中傷することを生き甲斐のようにしているのは、ほとんどの場合、箸にも棒にもかからない馬鹿です。たとえば、「中小企業に勤務していると馬鹿になる」に登場する、営業利益の意味を知らないまま、営業利益に関する社長の話を聞いていた50代の女性従業員大学も出ておらず、無学・無知の典型ですが、自分の浅薄な知識をひけらかして得意がったり、見当違いの発想で同僚を侮蔑したりするのが常です。当然のことながら、分かっている人間からすれば、並みの馬鹿とは違う底無しの馬鹿ということになり知らぬは本人ばかりなりというわけです。


 また、パワハラが常態化している会社なので、半年からせいぜい2年くらいで退職してしまう従業員が多く、1300人しかいない従業員のうち、400人近くが毎年退職していきます。鬱病や抑うつ症になる従業員も少なくありませんが、それは多くの場合、社長による執拗なパワハラの標的になる管理職が中心です。もちろん、部課長・所長クラスの上司に対する不満から退職する従業員の方が圧倒的に多く、人事部が改善しようとしても全く効果がないのが現実なのですが、最近、その理由の一端を見たような気がしました。それは、私自身がストレスチェックを受けた結果、カウンセリングを受けることになったことがきっかけでした。ちなみに、ストレスチェックの結果、カウンセリングを受けるというのは掟破りのようなもので、私が勤務する会社では、ストレスチェックは、社内にストレスに悩まされている従業員が出ないようにするために行うことになっています。ですから、ストレスチェックの結果、カウンセリングを受けるなどということは、決してあってはならないことなのです。しかし、ストレスチェックは、ストレスに悩まされている従業員を早期発見して対処するための手段であり、ストレスチェックによってストレスを防ぐというのは明らかに論理矛盾です。これは、社内にストレスに悩む従業員は一人もいないという大前提に立っているからで(実際は全く逆です)、従業員の精神衛生に配慮しているという建前のために実施するだけなのは明らかなのです。

 
、掟破りの私は、ストレスチェックの結果が最悪で、カウンセリングを受けることになりました。あってはならない事態になってしまったわけです。実は、カウンセリングなどは無意味なものと決め付けていたのですが、結果は結果ですから、会社が契約しているカウンセリング会社に行きました(実は、かなりの人数の従業員が、密かに行っているそうです)。そこで、1時間の予約だったにもかかわらず、延々と会話が続き、3時間以上に及んでしまいました。そのため、予約受付係が次の予約を入れてしまい、漸く終了ということになりました。

 その結果、後日になって面白いことが分かりました。社内で部下を退職に追い込む上司は、怒声・罵声を浴びせることを常とする上司とは限らないのです。一見、普通に部下に接しているような上司もいるのですが、言っている内容をよく聴いてみると、なぜ部下が退職するのかがよく分かるようになりました。それは、部下の話に真剣に耳を傾けないこと、部下の悩みを矮小化して取り合わないことが原因だと分かったのです。つまり、部下がどれほど真剣に悩みを打ち明けても、
そんなことはどうでもいい、大したことではない、仕事だから仕方がないと突き放してしまっているのです。部下にしてみれば、暖簾に腕押し、糠に釘というわけで、普通に接してもらっているようでも、実情は、「聴く耳持たん」とばかりに、目の前に鉄の壁を立てられてしまっているようなものです。たとえて言うならば、痴漢冤罪で逮捕された無実の犯人が、いくら弁明しても一切信じてもらえない状況にあるのと同じようなものでしょう。そこにあるのは絶望の二字に違いありません。多くの従業員を短期間で退職させているのは、こういう無神経で、思いやりのない中間管理職なのです。

 そこで、上記のカウンセリングです。そのときのカウンセラーは、私よりも
18歳も年上の女性でしたが、私の愚痴や恨み節を聴いても、評価したり、突き放したり、説教したり、自分の価値観を押し付けたりということは一切しませんでした。それがカウンセリングというものなのでしょうが、今にして思えば、目から鱗が落ちるような体験でした。しかるに、私が勤務する会社にはそういう上司は一人もおらず(私は別です)、ストレスチェックでストレスを防ぐという発想の愚かさを改めて実感することになりました。ブラック企業(中小企業)に勤務していると、馬鹿になる前に人間性を失う羽目になります。すでに人間性を失ったような上司ばかりなのが中小企業ですから。

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障害者雇用-神様は底意地が悪い

 障害者の法定雇用率が2%の現在、不人気業界では採用ノルマの達成が困難になっている。ブラック企業ならなおさらである。ご多分に漏れず、私が勤務する会社も障害者雇用で四苦八苦している。従業員が1300人もいるので、その2%とえば大変な人数なのである。


 で、突然のことだが、私が所長を務める営業所にも、障害者が1名配属になった。今週のことである。しかし、私は人事部からの配属の申し出を断った経緯がある。理由は簡単で、障害者に入社してもらっても、担当してもらう業務がないからである。私の営業所に配属になったのは、弱冠19歳の若者で、コンピューターを扱う業務を希望している。とはいえ、プログラミングをしたり、複雑な関数を使ったりできるわけではなく、簡単な入力作業が中心になる。本社の人事部・経理部・企画部などにはそういう業務があるだろうが、私の営業所にはそのような業務はない。したがって、私としては断る以外になかったのである。


 ところが、話はそう簡単にはいかなかった。人事部としては、採用ノルマ達成のために、何が何でも雇用したい。なんでも、一人で二人分のポイントになる障害者なのだそうで、もし採用しないと、代わりの障害者を二人探さなければならないというのである。一方、就労支援事業者としても、できれば就職先を斡旋したい。というわけで、両者の思惑が一致したわけだが、それでも私は抵抗した。


 人事部は私に対し、やれ仕事を探せの、私の業務の一部を担当させろのと言うが、そもそも私の仕事がろくにないのである。私は、法務以外の業務経験はないに等しい専門馬鹿で、今の会社にも法務課長として入社した。しかし、4年の間に、上司から同僚・部下に至るまで、まともな人材は軒並み退職してしまい、残っているのは、専門家を嫌う無学の徒ばかりである。結果、「法務課なんぞは不要だ」ということになり、私は営業所の所長に飛ばされた。もちろん、私が退職するのを見込んだ姑息な異動だったのだが(あからさまなパワハラだが、こういうことが罷り通る会社なのである)、私の辞書に泣き寝入りという言葉はないので、かれこれ1年も所長を続けている。所長といっても、業務は雑用ばかりである。1日の大半は、営業所の清掃や駐車場の草取りをしている有様で、障害者に担当してもらう業務などないのである。


 しかし、人事部では、悪びれる様子もなく、「掃除をやらせろ、洗車をやらせろ、草取りをやらせろ、郵便物の運搬をやらせろ」と言い出すので、さすがに私も腹が立った。雇用も契約である以上、双方が納得した上で決定すべきだが、実情は買い手市場であり、企業側に主導権がある。まして、障害者ならばなおさら不利だから、いきおい企業側が不条理なことを言い出すことも可能になる。しかし、私は、人の弱みに付け込むようなやり口に加担したくはなかった。そこで本音で反対し、「入社してもらうなら、本人が希望するような業務を任せたいし、キャリアアップになるような業務、職務経歴書に書けるような業務を担当してもらいたい。雑用ばかりやってもらうのは気が咎める」と断ったのである。


 すると、人事部では、「郵便物の運搬が雑用だと言うのは、前の担当者に失礼だ」と言い出した。前の担当者というのは、人事部の課長や営業部の課長を務めた人物で、つまりは左遷されて雑用係になっていたわけだが、実体はパワハラであり虐待に近い。しかし、私と同じで老い先短い年寄りだから、本人がそれでよいなら構わないと思っていた。しかし、件の障害者は19歳の新卒者である。当然、学ぶべきことは沢山あり、こちらとしては教えるべきことが沢山あるはずで、事情が全く異なるのである。そもそも、元人事課長が担当していようが、雑用は雑用であり、雑用が職務経歴を自慢できる業務に化けるわけではない。「元人事課長が担当していたので雑用ではありません」という主張が世間で通るはずがない。それが通るなら、駐車場の草刈りだってゴミ保管庫の清掃だって、「元法務課長(私である)がやっているのだから雑用ではない」ということになるが、私がやっている数多の雑用を手伝う人間は、私の営業所にも本社にもいない。「失礼なのはどっちだ」という話である。


 私は、あやうく怒鳴り付けそうになったが(私が他人を怒鳴り付けるのは、10年に一度あるかないかのことである。ちなみに、結婚して31年になるが、妻や子を怒鳴り付けたことは一度もない)、社外の人が二人もいたので何とか抑えた。結局、人事部としては、障害者を2%雇用するという採用ノルマの達成だけを考えているのであり、障害者本人のことは、全く意に介していないことは明らかだった。「これが仕事だ」とか「サラリーマンとはこういうものだ」とでも言うのだろうが、さすがにブラック企業だけあって、冷酷非情という印象は否めない。


 結局、否応なく私の営業所に配属になってしまったので、毎日、仕事を探すことに追われて落ち込む一方である。気分が滅入り、出勤することが絶望的になってきた。しかし、私がいなくなれば、おそらく件の障害者は、一日中、掃除、洗車、草取り、郵便物の運搬などをやらされる羽目になり、何も身に付けないまま、すぐに退職することになるだろう。仕方がないので、なるべくコンピューターの前に座らせ、エクセルの操作などを覚えてもらっている。清掃をするときは、必ず私と一緒に同じことをやってもらっているが、それでも気が重くなるのは如何ともしがたい。


 改めて思うのだが、この世界を創造した造物主は、つくづく底意地が悪いと思う。「すべての人間を完全に平等にしろ」とまで言うつもりはないので、野球やサッカーの天才がいてもよいし、音楽や絵画に天賦の才を持つ人間がいてもよい。しかし、生まれながらに目が見えないとか、知能の発達が未熟だとか、そういう人間を生み出さないようにできないのだろうか。できないのならば、神様(造物主)とは言えないのではないかと思う。「自分の弱さを恨め」と非難されそうだが、私は、特に知的障碍者を見ると絶望的に憂鬱になってしまう。「なぜハンデを背負って生まれてきたのだろう」、「ご両親が亡くなったらどうなるのだろう」といった考えが、頭から離れないからである。人事部の連中のように冷酷非情な人間に生まれなかったことを恨むべきなのか、底意地の悪い神様を恨むべきなのか、いずれにせよ、やり切れない日々が続きそうである。振り返ってみれば、法務課長から営業所長に、営業所長から事実上の障碍者ヘルパーに変身である。実は、これも態のいいパワハラなのだろう。ブラック企業は、やることなすこと悪質である。

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単細胞の教条主義者は使えない

 決算期を迎え、企業業績が思わしくないと、何かと影響を受けるのはサラリーマンの常である。有り体に言えば、業績が悪いのは経営者が無能だからであり、本来ならば、経営者が責任を問われるべきである。しかし、個人商店のようなオーナー企業では、経営者やその一族は、どんなに無能でも威張ってふんぞり返っていればいい。詰め腹を切らされるのは真面目な従業員たちであり、結局、来季も同じことの繰り返しになる。馬鹿馬鹿しい限りだが、それがサラリーマン社会の現実である。


 で、私が勤務する会社でも、1年前に設定した売上目標に遠く及ばないことが明らかになってきた。残りの期間が20日では最早打つ手もない。得意のパワハラで従業員のリストラを実行しても間に合わない。結果、本社から届いた指示は、「備品・消耗品を購入するな」である。消耗品の中には、もちろんトイレットペーパーなども含まれる。経費を削減して、経常利益だけでも上げようという単純な発想だが、トイレットペーパーの発注を3週間延ばしたからといって、どれだけ経常利益が増えるというのだろうか。


 私は、所属従業員が80人ほどの営業所の所長なので、トイレットペーパーさえ購入できない事態になると、スタッフの批判に晒されることになるのは明らかである。しか、私の営業所では、余計な在庫を抱えることはせず、ほぼ1ヵ月間使用する分しか購入していない。おまけに、経費の支払いは20日締めなので、月末までの在庫は抱えていないのである。

 とんだとばっちりだが、そもそも
21世紀の日本で、企業がトイレットペーパーも購入できないというのは醜態である。しかも、普段からくだらない事業や遊び同然の事業に湯水のように金を注ぎ込んでいる(捨てている)のだから、いきおい従業員から不満が噴き出すのは当然である。「我々の稼ぎで食わせてやっているのに、ろくな給料も払わずに、金をドブに捨てるような真似ばかりして・・・・・」というわけだが、至極もっともな不満である。


 で、こういう指示が出ると、常識もなく、思考力もなく、教条主義的発想しかできないモンスター従業員が、何だかんだと騒ぎ出す。一昨日はこんなことがあった。その日の午後1時、来客の予定があったのだが、応接室はオフィスの2階にあり、普段は誰もいないところなので空調は切ってある。寒い日だったから、外から来る人たちを寒い部屋に迎え入れ、それから暖房を入れるというのでは、甚だ礼を失すると言える。客を迎える以上、あらかじめ暖を取っておくのも作法というものである。そこで、私は1230分に2階に行き、暖房のスイッチを入れておいた。お蔭で1時には部屋は暖かくなっていたのである。


 ところが、ちょうど客が来社したときに、モンスター従業員の一人と鉢合わせしてしまった。それも、間が悪いことに2階でのことであり、誰もいない2階に暖房を入れておいたのを見られてしまった。もちろん、普通の人間なら「来客に備えて暖房を入れておいたのか」と悟るだろう。しかし、悟れないモンスターもいるのである。他人に対する思いやり・気遣いなどは全くできないから、もちろん私がやったことを理解することはできない。さりげない風を装いながら、「誰もいないのに、なぜヒーターが入っていたんだろう」と口走った。私に対する批判だったことは明らかなのだが、私と話したくはないので、独り言を装ったのである。

 そんなことは即時に理解したが、私は敢えて無視して何も言わなかった。そのモンスターの性格・思考は十分すぎるほど理解していたから、何を言っても無駄だということは分かっていた
からである。間違いなく「経費削減です」「誰もいないフロアに暖房を入れるのは違反です」と、鬼の首を取ったかのように喚き散らすだろう。しかも、この件が本社の人事部に報告されたことは明らかだった。「来客のために、暖を取っておくのも作法である」と言ったところで、所詮、理解できるはずはないのである。「経費削減」と言われたら、何が何でも「経費削減」なのであり、来客のことなど知ったことではないのである。教条主義者は全く使いものにならない。

 しかし、ここに来て興味深い事態になった。トイレットペーパーが底をついたら、件のモンスターは何と言うだろうか。もちろん、本社からの指示であることは忘れて、私に噛み付くに決まっている(笑)。教条主義者から御都合主義者へ瞬時に変身するわけである。馬鹿とハサミは使いようというが、モンスターに使い道はないだろう。


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モンスター従業員ここにあり(5)

モンスター従業員ここにありhttp://blog.livedoor.jp/patriotism_nippon/archives/4561692.htmlで、「モンスター従業員は、多くの場合、真正馬鹿ではないかと思われる。無学で無知で無教養で、およそ論理的思考力などは望むべくもない」と書いた。それは正しくそのとおりなのだが、上には上があるように、下には下がある。長年の間、人間をやっていても、「これほどのモンスターには二度と出会えまい」という手合いいる。もっとも、今の会社に入社してから、これもかとばかりに、下には下のモンスターが現れる。つまり、またしてもそういう化け物が現れたのである。


私は、法務以外の業務はほとんど経験のない専門馬鹿である。法務で飯が食えたから、長年にわたり、敢えてほかの業務を覚える必要はなかった。もっとも、大学卒業後、最初に入社した会社が銀行だったから、独学で簿記や財務諸表の勉強くらいはしたし、預金集めの営業見習いもした。証券会社では、貸借取引の指導を任されていたことがあるので、株のことや信用取引のことも少しは分かる。その程度である。にもかかわらず、今はブラック企業の営業所長になっている。もちろん、営業などできないのだが、事所のまとめ役という名目のにわか所長である。しかしその実態はパワハラ・嫌がらせ目的の配置転換であり、さしずめタコ人夫のような境遇である。


なにしろ日本という国は、小学生から(幼稚園児から?)社会人まで、苛めが大好きな手合いが少なくない。そういう輩は、見るからに品性下劣で、性根が卑しそうな顔をしている。そういうにとって、都落ちしたタコ人夫は格好の攻撃対象である。無学・無知・無教養のモンスターが、鬼の首を取って手柄にしようとばかりに、タコ人夫に襲い掛かる(笑)。しかし、何しろ馬鹿だから、やることなすこと抜けている。抜けていると言うより、「貴方たちは精神障碍者だったのか」と思わせるレベルである。事実は小説よりも奇なりと言うが、話を聴いた家族も友人も呆れ返ってしまう。そういうモンスターが、私が勤務する会社には、いくらでも存在するのである。


さて、以下前の話である。いつものことなのだが、その日も私は、事業所の2階にあるトレーニングセンターの清掃に追われていた。なにしろ広いなので、毎日2時間も3時間も清掃をする有様で、時には5時間以上も清掃をしている。つまり、所長とは名ばかりの清掃夫なのである。で、夕方5時を過ぎ、終わることのない清掃を切り上げて、私は1階のオフィスに戻った。すると、モンスター女性スタッフの二人が絡んできた。平社員だが、我が儘のし放題で放置されてきたので、自分たちのことを所長兼人事部長のように思い込んでいる手合いである。


さて、そのモンスターたちが絡んできたのは、「なぜ郵便物の回収と配布をしないのか?」ということである。何のことかと言うと、私が所長を務める事業所には、現在4つの事業部が同居しているため、各事業部宛ての郵便物が一つのポストに届く。さらに、元は本社だったので、本社宛ての郵便物までが届くので、それらの郵便物をポストから回収し、事業部別に仕分けし、各事業部の事務担当者に届ける作業が必要になる。もちろん、各事業部の事務担当者が自分で取りに行けばよいのだが、横着者が多いので、雑用は他人に押し付けようとする。結果、誰も回収しないという信じがたい事態が発生することになる。仕方がないので、私が所長になってからは、郵便物の回収・仕分け・配布作業を私がやっていた。昔から「やった者損」という文化がある会社なのである。


しかし、それが良いことかどうかと言うと、大いに問題があると言わざるを得ない。私は所長として赴任しているので、本来そんな雑用をする必要はない。平社員が「所長が、郵便物を私たちの席まで届けてくれない限り処理しない」というのは異常である。しかし、そこはモンスターであり、異常であると感じる知性はない。要するに、私が厚意で雑用を引き受けることは、モンスター従業員を、いよいよグータラにするだけなのである。また、私自身、朝から晩までタコ人夫のように働いているから、すべての雑用を引き受けるには無理がある。そもそも雑用といえども業務のうちだから、事業所員たちに、自分の部署の雑用くらいは自分ですることを教えなければならない。


 そこで、忙しいときは、敢えて郵便物の集配などは、各事業部の事務担当者に任せることにした。ちなみに、本社の総務部からは、「各事業部が交代で郵便物の回収・仕分け・配布作業を担当するというルールにしたらどうか」と提案されていた。しかし、一度怠け癖を付けた輩に雑用をさせるのは、悪魔に改心させるようなものである。


 で、自分たちは雑用係ではないと自負する(?)モンスターたちが、所長の私に「雑用係はお前だ」と言ってきたわけである。馬鹿げた話だが、それがモンスターである。私が「私は、各事業部のまとめ役・調整役の所長を命じられてここに来た。郵便係で来たわけではない」と言うと、「所長は雑用係だと聴いている。この事業所の雑用は、すべて所長にやらせろと本社の部長・課長から言われている」と言うのである。私の配置転換がパワハラであり、嫌がらせであるという舞台裏を、あっさりと白状してしまったわけである(笑)。


 私は、思わぬ形でパワハラの証拠を掴んだわけだが、素知らぬ顔で、「私はそんな指示・命令は受けていない。仮に、それが本当だとしても、私の知らないところで勝手に決められ、私に知らされてもいない取り決めなど知ったことではない」と言ってやった。しかし、それでもモンスターは諦めない。「私たちは、雑用係が本社から来るとしか聴いていない。だから、所長であっても雑用係だ」と言うのである。小学生よりも低レベルと言わざるを得ない。


 しかも、この話には、もっと傑作なオチがある。このとき、このモンスターたちが、これまたあっさり白状したところによると、その日、私がせっせと広いトレーニングセンターの清掃に没頭しているとき、この二人はポストに行き、郵便物が届いていることを確認したというのである。普通の人間なら、その郵便物を回収し、自分の事業部宛ての郵便物と他の事業部宛ての郵便物を仕分けして、各事業部に配布するだろう。ところが、その二人のモンスターは、目の前に郵便物が届いていることを確認しながら、そのまま放置したというのである。そして、夕方5時を過ぎて、私が清掃を終わりにして戻ってくるのを待って、ヌケヌケと詰め寄ってきたのである。信じられないかもしれないが、これは、本人たちが、恥ずかしげもなく私に話したことである。


 その後、さらに話はエスカレートし、遂には「郵便集配作業は所長の仕事だから、所長がいる間は、自分たちはできない」と言い出した。そこで「私がいなくなれば自分たちでやると言うのか?」と訊いてみた。すると、これまたあっさりと「いなくなれば自分たちでやる」と言ってのけた。これは事実上、私に「雑用係をするか、退職するか、どちらかを選べ」と言ったようなものである。もちろん、平社員の二人が、私にそんな選択を迫る権限はないのだが、完全に人事部長気取りである。あるいは、本社の腹黒取締役から、私を追い出すように指示されていたのかもしれないが、この件に関する限り、前者が正解のような気がする。


 翌日知ったことだが、二人は本社に連絡して、「雑用係が雑用をサボっている」と訴えたそうである。しかし、本社からは「彼は所長であって、雑用係ではない」と回答されたらしい。しかし、自分たちこそ所長であり人事部長であると思い込んでいるらしいので、人事部長に対し、真っ向から「所長ではありません。雑用係です」と反論したそうである。


 なお、何とか私を追い出そうとして、人事部長に対して「私たちのほかにも不満を持っている人間がいるから、事業所の全員にヒアリングをしてくれ」と迫ったそうである。もし、私に対して不満を持っている従業員を5人くらい集めることができれば、私を懲戒解雇にできると思っているのだろう(笑)。実は、上司は一存で簡単に部下を懲戒解雇できると思い込んでいる従業員は大勢いる。労働基準法などは、「そんな言葉を聞いたことはある」という程度のものであり、中小企業はそんなレベルなのである。

 モンスターを甘やかし、付け上がらせてはならないということを、つくづく思い知らされた一件である。もっとも、私が赴任する前から、件の二人はクレーマーとして有名だったのだが、正確にはその頃からモンスターだったのだろう。


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「やった者損」と「私の担当業務ではない」

 私は、201510月2日に「『やった者損』という企業文化(http://blog.livedoor.jp/patriotism_nippon/archives/4496888.html)」を書きました。そこでは、「いまどきの若い従業員は、その手の雑用を嫌い、『自分の仕事はこれだけ』と決めたことしかやらない傾向が強く、必然的に雑用はベテラン従業員の仕事になってしまいます」と書きましたが、ベテラン従業員にも「やった者損」を実践する人は少なくありません。会社における従業員の民度の低さを物語るものでしょう。すると、いきおい「所長」という肩書を持つ私が、誰もやりたがらない雑用の係に成り果ててしまいます。


 しかし、会社としては、誰がやろうが構わないというのが本音で、結果として「自分の仕事はこれだけ」という主張を追認する格好になり、とどのつまりは「やった者損」になります。そういう企業文化は、ほんの少数のまともな従業員に負担を強いることになり、厚顔無恥にして傲岸不遜、エゴイズムの権化のような従業員は、いつの間にか特権階級になってしまいます。とはいえ、物事には限度というものがありますから、損ばかり強いられてきた「やった者」も、遂には「それは私の担当業務ではない」と抵抗することになりますが、既成事実をつくってしまうと、後に変えるのは至難の業になります。


 長期にわたり「やった者損」を引き受けていた従業員は、半ば使い走り扱いされ、やがて奴隷扱いされるようになります。何でも引き受けるのが当然ということになり、もし拒否すれば、鬼の首でも取ったように騒ぐ手合いがいて、誹謗中傷の嵐に遭うことになるのです。このあたりは、やはり民度の問題なのでしょう。「あの人だけにやらせるのは申し訳ないから・・・・・」などと考えるような人は、なかなか現れないものなのです。言ってみれば、苛めに便乗するようなものですが、便乗しないと自分が被害者になってしまうと考えているわけで、まさしく苛めと同じ次元の問題に違いありません。


 で、その「やった者損」を長年引き受けてきた私も、「物事には限度がある」というよりも、「結局は従業員をグータラにしているだけである」と気付いて、それは「私の担当業務ではない」という伝家の宝刀を抜きました。するとどうでしょう。どこの会社にも告げ口が好きな手合いはいて、そういう情報は、たちまち吊るし上げが趣味の社長の耳に入ります。そこで大勢の従業員を前にして社長が言った台詞が、実に振るっていたのです。


すでに読者の方々はお分かりでしょうが、「この事業所には、それは私の担当業務ではないという人間がいるが、そういう考えで仕事をしてはいけない」だったのです(笑)。社長にとって、「それは私の担当業務ではない」という台詞は、私以外の従業員の台詞であって、私だけは使ってはいけない台詞なのです。恥を知らない人間というのは、何を言い出すか分かったものではありません


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ブラック企業とは断固として戦うべきです

 私が勤務する会社はいわゆるブラック企業で、従業員は、半年から2年くらいで退職してしまいます。従業員数1,300人ほどの規模で、毎年320人から340人程度が退職しますから、生半なものではありません。しかも、営業所のスタッフと異なり、本社では鬱病や適応障害で退職する人が後を絶たないのです。昨年の例でいうと、本社の管理部門だけで、5人の部・課長が退職しましたが、そのうち3人は鬱病により退職しました。もちろんパワハラが原因であり、むしろ虐待と言うべき処遇だったと思います。営業所の所長クラスの退職ともなると、枚挙に暇がないという状態です。


 不条理・理不尽という言葉がこれほどぴったりする企業は滅多にないのではないかと思われ、企業文化と言えるものがあるとすれば、パワハラ・セクハラ・虐待・誹謗中傷・流言飛語と言ったところですから、尋常な世界ではありません。日本は、一応法治国家のはずですが、たとえ上場企業であっても、伏魔殿のような中小企業は沢山あると思われます。私が勤務している会社は、そういう企業の中の1社なのです。


 で、最近、その一例と言える事件が私の身辺でも発生しました。それは次のような事件です。


 ある日、経営管理部から、毎月の経費予想を1年分計上して提出するように指示が出ました。私は、自分が管理する事業所の昨年のデータを基に、予想経費を計上して提出しました。しかし、その後すぐに、先に提出した予想金額とは別に、「月に実際にかかるであろうと想定する経費」の金額を提出しろと言ってきたのです。しかも、先に提出した予想金額そのままでは駄目だというのです。これは何とも奇妙奇天烈な指示です。


 そもそも、昨年度データに基づいて、「翌月以降に発生すると予想される経費」を報告してあるわけで、それは2月なら2月に、3月なら3月に、「実際にかかるであろうと想定する経費」です。にもかかわらず、その金額とは別に、月(2月)に発生すると想定する金額を報告しろというのです。これはもう、何が何だか分かりません。当然のことながら、すでに提出済みの予想経費は何だったのかという疑問が湧きます。


で、考えられることは、不測の事態により予定外の経費が発生することがあるので、毎月末の時点で、直近の情報に基づいて予想額を修正しろということです。しかし、これは簡単なことではありません。なぜなら、不測の事態により予想経費に修正が生じるというのは、経費が増加することになるのが普通です。事故が発生して賠償金を支払うとか、車両が壊れて新車を購入するとか、経費の増加要因はいろいろあります。

 しかし、
予想経費が下がるとなると、事業所の賃料が下がるとか、ガソリン代が急激に下降するとか、従業員が大量に退職して人件費が大幅に減少するとかですが、これらの事情は当てにはできません。おまけに、予想経費の増額修正などしようものなら、たちまち首が飛びかねないブラック企業ですから、修正は減額修正しかできないことになります。私も含めて、多くの管理職が当惑したのも当然でしょう。そこで、私は、1年間に毎月発生すると想定する経費と月発生すると想定する経費の相違について、全社員宛てメールで質問しました。私のほかにも、質問したかった人が多かったようですが、後難を恐れて質問できなかったようで、何とも気の毒なことです。


 するとどうでしょう。この質問に社長が割り込んできて、自分が回答すると言うのです。その回答として、次のようなメールが全従業員に送信されました。


 疑問に対してお答えします。

当社は「売上最大限に経費最小限に」に向かって日々の経営を進めています。

日々の業務ではいかに一日当たり売上目標を達成し、創意工夫を重ねて目標を超えられるか、また経費も効率化と生産性を高め掛かるであろうと予測した経費を少なくするか。

この売上最大限、経費最小限に向かって全従業員が一致協力していく事が、組織を成長させ企業理念、方針実現

(以上)


 さて、何とも奇怪な答えです。有り体に言えば、「疑問に対してお答えします」と前置きしながら、私の質問に何も答えていません。しかも、文章として完結させないまま途中で放り出してしまっています。後半部分は日本語自体が滅茶苦茶なのですが(社長が書く文章は、いつもそんなものです)、前半部分は会社HP等で述べていることを繰り返しているだけです。わざわざ割り込んできた意図は、一体何だったのでしょうか。


 この点、「書いている途中で何か起こったのでは?」とか、「いよいよ認知症だ」とか、いろいろな意見が私のところに届きました。いずれも正解のような、そうでないような、微妙なところです。しかし、経験則から判断すれば、最も可能性が高いのは、論点をすり替えて、私を批判するツールにしようとしたということだと思われます。


 この事件が、この後どのように展開していくかは、陽を見るより明らかです。社長は、会議などの場で「当社に5年以上も勤務しながら、未だに当社の企業理念や経営方針を理解していない馬鹿がいる」と言って、得意満面で私を非難することでしょう。そうやって衆人環視の中で罵倒し続け、鬱病にしたり適応障害にしたりして、嫌っている従業員を退職させるのが今まで続いてきたリストラ方法なのです。


 もっとも、今まで標的にされた人たちは、何一つ反論しないまま吊るし上げられ、いつの間にか消えて行くというパターンでした。しかし、私に関しては、私がいるところでは、決して罵倒・中傷はしないはずです。なぜなら、私はどれだけ多くの従業員が見ているところでも、正々堂々と反論するからです。

 大体において、苛めを好む手合いは小心者・卑怯者ですから、気
が弱く抵抗しない相手しか苛めないものです。そういう手合いに狙われたら、断固として戦うしかありません。虎の尾を踏んだらどういうことになるかを、徹底的に思い知らせるしかないのです。これは、我が家の伝統と言いますか、家訓と言いますか、昔から受け継がれてきた生き様です。私の父もそうしていましたし、私の次男も、小学生の頃、このやり方で苛めを克服しました(「我が家のいじめ対策(http://blog.livedoor.jp/patriotism_nippon/archives/1446753.html)」。


 それにしても、余りにも程度が低すぎて情けなくなりますが、巷間、会社で苛められて鬱病になったり、時には自殺したりする人もいるようですが、自ら命を絶つ勇気があるのなら、どんなことでもできるはずだと思います。権力を嵩に人を苛めて喜ぶような手合いに対しては、手段を選ばず戦うべきでしょう。「クビだ!」と言われたら、不当解雇を主張して争うのみです。どうせ相手は、叩けばたちまちトラック1台分くらいの埃が出るですから。 


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